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大阪高等裁判所 平成2年(行コ)9号 判決

控訴人(原告) 神戸鐵夫 外四三名

被控訴人(被告) 兵庫県知事

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が訴外末包博昭に対してなした昭和六三年一月七日付医療法七条による病院開設許可処分を取消す。

二  事実関係

次に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  控訴人ら

(原告適格)

(一) 病院開設許可においては、医療法(以下、単に「法」という。)七条三項により、その施設の構造設備及びその有する人員が法二一条及び二三条の規定に基づく省令の定める要件に適合するか否かが審査の対象となる。法施行規則のうち、周辺住民をも保護した規定と解釈できるものとして、一六条一項五号、六号、一二号ないし一四号、一六号、一七号を挙げることができる。これらの規定は、施設内部の人間のみならず、その周辺住民への被害の防止も必然的に含んでいると解される。また、法施行規則三〇条の一七等で「病院予定地の境界線」おける規制、「人が通行・停在する場所」でのいろいろな制限、「空気を汚染するおそれのある状態」、「廃液のもれにくい構造」等と規定していることからみて、これらは直接周辺住民を保護した規定でもあるといえる。

(二) 前記開設許可処分を受けた訴外末包博昭が建設を予定している病院(以下、「本件病院」という。)の場合、世上いわゆる「老人病院」とよばれているが、診療科目は「内科・整形外科・理学療法科・婦人科」の医療を行うことになっており、婦人科の中には性病・エイズ等の伝染病患者等を含むことは当然である。また、消毒施設・汚物処理施設等についても、当然に他を汚染する可能性が必然的に存在するのであるから、他を汚染するおそれがないような構造でなければならない。ところが、本件病院の場合に「老人病院」であり、伝染病患者・結核患者等はいないという理由で前記規則一六条に定める構造を有していないから法二一条、二三条違反である。

(三) 以上のように本件病院の付近住民である控訴人らにとって、本件病院の開設により、婦人科患者から生じる伝染病・病理細菌検査室の空気が風道を通じて付近住宅地へ流入すること、消毒施設の欠陥による有害物質の付近住宅地への流入・侵出、さらには汚物処理施設等の欠陥から「他を汚染する」危険性がある以上、付近住民には、自ら生命・身体・健康が侵害されない法律上の利益を受けているのであるから、原告適格を肯定すべきである。

(四) 少なくとも、本件病院からわずか約三ないし四メートルしか離れていない場所において居住している控訴人嶋村健作、同若本国雄、同片岡勝、同天羽賢一郎、同柴田昌一については本件取消訴訟の原告適格が肯定されるべきである。

2  被控訴人

(一)  法の保護法益について

(1) 法は病院開設予定地周辺住民の個別的、具体的な利益を保護することに主眼があるのではなく、控訴人らのような病院開設予定地周辺住民は、原則として病院開設許可処分にかかる公益保護の結果として生ずる反射的利益を有するにすぎない。

(2) 法二〇条、二一条、二三条、法施行規則一六条一項六号及び一二号には、入院患者以外の外部のものに対する保護規定もおかれているため、この規定を根拠として病院開設予定地周辺住民にも法律上保護された利益が認められるかのごとくであるが、法一条によれば病院開設予定地周辺の第三者は直接の保護対象とは読めず、外部の者に対する前記各保護規定は精神病院、伝染病院及び結核病院のように外部に悪影響を及ぼす可能性がある病院についての制限的な規定であって、病院一般に適用があるものとは解されないことに照らせば、本件のような一般の老人病院の開設予定地周辺住民には前記保護規定の適用はないというべきであり、控訴人ら周辺住民に法律上保護された利益を認めることはできない。

(3) 法施行規則一六条一項五号、一三号、一四号、一六号及び一七号については、主として病院を利用する傷病者の利益を保護するために設けられたものというべきである。

(二)  控訴人らの被侵害利益について

(1) 本件病院の開設許可申請書によれば、法二〇条、二一条、二三条、法施行規則一六条に規定された構造設備をすべて有しており、控訴人らの生命、身体、健康を侵害されない法律上の利益が侵害される可能性は見当たらない。

(2) 訴外末包博昭医師が汚物処理施設・消毒施設を備えない病院を建設したとしても、法二七条の使用許可が受けられず、結局のところ汚物処理施設・消毒施設のない病院を開設することはできないこととなる。

(三)  控訴人らは、本件病院の開設によってどのような具体的利益を侵害されるのか、そしてその利益侵害が一体本件病院のどのような構造的欠陥に起因するものなのか等についての具体的な事実の主張及び立証を欠いている。

三  当裁判所の判断

行政事件訴訟法九条によれば、行政処分の取消しの訴えは、当該処分の取消しを求めるにつき法律上利益を有するものに限り、提起できるものと定められているところ、同条にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律条の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがある者をいうが、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれがある者は、当該処分の取消訴訟の原告適格を有するということができる(最高裁判所第三小法廷昭和五三年三月一四日判決・民集三二巻二号二一一頁、最高裁判所第一小法廷昭和五七年九月九日判決・民集三六巻九号一六七九頁参照)。そして、当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規及びそれと目的を共通する関連法規の関連規定によって形成される法体系の中において、当該処分の根拠規定が、当該処分を通して右のような個々人の個別的利益をも保護すべきものとして位置づけられているとみることができるかどうかによって決すべきである(最高裁判所第二小法廷平成元年二月一七日判決・民集四三巻二号五六頁参照)。

そこで、右のような見地に立って、本件病院開設許可処分につき、控訴人らのような付近住民が、その主張のような不利益を受けることを理由として、その許可処分の取消しを訴求する原告適格を有するか否かをみるに、病院開設許可の根拠となる行政法規を検討しても、その許可処分を通して控訴人ら主張の付近住民の個別的利益をも保護すべきものとしていると解されるような規定を見出すことができない。すなわち、医療法は、医療を提供する体制の確保を図り、もって、国民の健康の保持に寄与することを目的とし、医療施設の計画的な整備、医療施設の人的構成、構造設備、管理体制等の規制、医療法人の規制等を行うものであり(一条)、同法七条三項・四項、二一条・二三条及びこれらの規定に基づく同法施行規則の関係規定に定められている病院開設の許可基準は、病院の法定人員及び施設の基準等、構造設備に関する衛生基準について病院を利用する傷病者が科学的で適正な診療を受け得るものとなるようにとの国民医療的観点に立って定められているものと解される。同法施行規則一六条一項六号や三〇条の一七の規定の病院外部に対する配慮の規定も、一般的、公益保護的見地からなされているものと解され、付近住民に対し控訴人ら主張のような利益を個別的、具体的に保護する趣旨の規定と解することはできない。その他、原告適格の根拠となるような規定は見当たらない。

そうすると、控訴人らは原告適格を欠くから、本件訴えは、不適法として却下を免れない。したがって、原判決は相当である。

(裁判官 上田次郎 渡辺貢 辻本利雄)

原審判決の主文、事実及び理由

主文

本件訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

一 本件請求の趣旨及び原告は、別紙のとおりである。

二 原告適格について

1 本件の老人病院が仮に営利を目的として開設されたとしても、ある病院で診察治療を受けるかどうかは個人の選択にかかるところであるから、そのことだけから、直ちに、同病院の近隣に居住する原告らが、同病院において科学的でかつ適正な診療を受けることができないという不利益を被るであろうとはとうてい予想することはできない。

2 医療法施行規則違反の主張については、前記病院について、具体的な同規則違反を基礎づける事実の主張を欠き、失当である。

3 医療法三〇条の七による被告の勧告は、被勧告者を法的に拘束するものではなく、被告の右勧告は、原告適格を基礎づけると解することはできない。

4 仮に、原告らが本件土地上に前記病院を建設することについて差止請求権を有するとしても、そのことは、本件処分が医療法七条三項、四項に違反することを理由とする本訴請求とは何らの関連性を有しない。

よって、原告らは、本件処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者とは認められない。

三 よって、本訴請求は、いずれも、その余の点について判断するまでもなく、原告適格を欠くので却下し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九三条一項本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

別紙物件目録〈省略〉

別紙

請求の趣旨

一 被告が訴外末包博昭に対してなした昭和六三年一月七日付医療法七条による病院開設許可処分を取消す。

二 訴訟費用は、被告の負担とする。

請求の原因

一 行政処分

被告は、昭和六三年一月七日、訴外末包博昭医師に対し、訴外株式会社伊賀屋が別紙第一物件目録記載の土地(以下「本件土地」という)上に建築する予定の第二物件目録記載の建物内において老人病院を開設することを許可した(以下「本件処分」という。)

二 本件処分の違法性

1 前記病院の構造・設備は、医療法二一条、二三条に違反するので、本件処分は、同法七条三項に違反する。

2 前記病院の実態は、株式会社伊賀屋が開設・経営・支配するものであり、かつ、同会社は営利を目的とする法人であるから、結局、同病院の開設もまた営利を目的とするというほかなく、それにもかかわらず、同病院の開設を許可した本件処分は、医療法七条四項に違反する。

三 原告適格

1 原告らは、いずれも本件土地の近隣に居住する者であり、同病院で診療を受ける可能性があるところ、もし前記病院が営利を目的として開設された場合、科学的でかつ適正な診療を受けることができない。

2 医療法施行規則上の機械設備(一六条一項五号ないし七号)、汚物処理施設(同項一四号及び二〇条一〇号)、放射線関係設備(第四章)に関する規定について違反があれば、原告らの生命・身体は、社会通念上著しい障害を受けることになる。

3 被告は、兵庫県医療審議会からの「本件許可にあたつては、地方住民・地元医師会・私立病院協会西阪神支部の了承について配慮する旨勧告せよ」との答申を受けて、医療法三〇条の七に基づき、訴外末包博昭に対して、その旨勧告した。右勧告については、病院の開設者は、公法上その勧告に従う義務を負う。

4 原告らは、本件土地上に病院を建設することについて、旧住宅地造成事業に関する法律、都市計画法、土地所有権の濫用法理、事実たる慣習、原告らの土地所有権及び人格権等に基づき、その差止請求権を有している。

よって、原告らは、本訴請求の原告適格を有する。

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